「とさでん」の愛称で親しまれている路面電車が走る高知県高知市を訪れたとき、ふと志賀直哉の『出来事』という短編小説のことを思い出した。あらすじは、路面電車に轢かれた子どもが電車の前面に設置された事故防止用ネットのおかげでケガ一つせず無事だったことに乗客たちが安堵し、それまで暑さでけだるい雰囲気に包まれていた車内が一変して生気を取り戻したという、路面電車内で起こった一瞬の出来事を切り取ったストーリーだったと記憶している。
その小説の舞台が高知市だったわけでもなく登場人物に高知とゆかりのある人がいたわけでもないのに、なぜこの小説のことを思い出したのであろうか。小説から読み取ったまちの情景が、このまちの風景とオーバーラップして見えたのだろうか。
遠い記憶の奥底に埋もれ、忘れかけていたこの短編小説をもう一度読み直してみようと思ったりした。